楠妣庵観音寺 楠木正成の妻・久子ゆかりと伝えられる甘南備の寺
楠妣庵観音寺(なんぴあんかんのんじ)は、富田林市の東のほう、甘南備(かんなび)にあるお寺です。臨済宗妙心寺派のお寺で、河内西国霊場の第二十番札所です。
どんなお寺か
大阪府のページでは、このお寺を次のように紹介しています。
「楠正成公の夫人、久子が夫・正成とその子・正行の四條畷討死の後に出家し、草庵を結んで一族の冥福を祈ったところとして知られています」
富田林市観光協会のページも、「といわれています」という言い方で、同じ話を伝えています。久子が亡くなったあと、庵は観音寺と名前を改め、楠木家の菩提寺とされたと書かれています。
河内西国霊場会のページによると、久子は出家したあと「敗鏡尼」と名のったと伝えられています。
大正時代に建て直されたお寺
富田林市史によると、江戸時代には「楠妣庵」という観音堂があり、地元の旧家が守っていました。享保5年(1720年)の記録には「正成後室の庵」と書かれています。明治6年(1873年)に、いったん廃寺になりました。
大正4年(1915年)に跡地が買い取られ、大正6年に庵室と観音堂が建てられました。設計は建築家の伊東忠太です。
河内西国霊場会のページでは、境内に次のような建物などがあると紹介しています。
- 草庵(大正6年)
- 観音堂(そばに久子の墓所と、楠木氏一族の供養塔があります)
- 本堂(大正11年)
- 書院(昭和3年)
- 山門の前の楠母子像(昭和10年の銅像)
秋は紅葉
大阪府のページでは、「秋の紅葉シーズンには、種々の落葉樹と建物が独特の景色を創り出し、多くの観光客やカメラマンでにぎわいます」と紹介しています。
富田林市観光協会は、「境内に植えられた紅葉は市内随一の見どころです」と書いています。
紅葉の見ごろは、年によって変わります。
市の資料(2010年更新)では、このお寺のクスノキ2本、イチョウ、ケヤキの4本が、市の保存樹木として載っています。
久子の生まれた地の言い伝え
富田林市文化財課のページでは、久子は甘南備の生まれという言い伝えがあると紹介しています。その場所は、楠妣庵観音寺の東のあたりと考えられています。
行き方
富田林駅から、金剛ふるさとバスの東条線に乗り、「甘南備」で降ります。市のページでは、富田林駅から「甘南備」まで約29分、バス停から歩いて約3分です。
河内西国霊場会のページには、「バス停『甘南備』下車すぐの所に楠妣庵観音寺山門へ上る石段があります」と書かれています。山門へは石段を上ります。手すりやスロープがあるかは、確かめられていません。足腰に不安のある方は、無理をしないでください。
バスの乗り方や定期券のことは、金剛ふるさとバスの定期券とICカードの記事にまとめています。バスの時刻は、乗る前に確かめてください。
お寺が開いている時間などは、富田林市観光協会のページで、直接問い合わせるよう案内しています。
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この記事は提供なし(自主取材)です。
出典
2026年10月18日時点の情報です。
- 大阪府「楠木正成・楠正行ゆかりの地」 2024年5月28日更新
- 富田林市観光協会「とんだばやしナビ」楠妣庵観音寺(ページ上に更新日の表示なし)
- 河内西国霊場会「第二十番 楠妣庵観音寺」(ページ上に更新日の表示なし)
- 富田林市 文化財デジタルアーカイブ「富田林市史 第三巻」楠妣庵の再興(ページ上に更新日の表示なし)
- 富田林市「楠公夫人生誕地」 2018年3月5日更新
- 富田林市「金剛ふるさとバスで行ける主な観光情報」 2025年12月21日更新
- 富田林市「3. 自然・社会的条件の整理」(PDF)(ページ上に更新日の表示なし。PDFのデータ上の更新 2010年)